オーストラリアのワーホリ体験談。無料英語教室とバイトで貯金しながら英語の勉強。

私が3年間働いた日本の会社を辞めて、オーストラリアに留学したのは25歳の時でした。留学しようと思った理由は、当時とにかく大前研一さんという経済学者の本にハマっていて、

「日本経済はやばい」

「日本の若者はどんどん海外に出ろ!」

という思想に侵されたいた時期、「英語を話せるようになってどんどんキャリアを上げていかないやばいんじゃないか」という危機感をやたらと持っていた事がきっかけです。

また、もともと性格的にも休日にショッピングに出かけたり飲みに行ったりという生活習慣があまり好きではなく、休みの日はとにかく英語の勉強とダンスの練習、長期休暇の時には海外旅行をする事が好きだった自分にとって、日本での生活に退屈さを感じていたのかもしれません。

ただ、当時の自分は「留学」というものがとんでもなく高価なものだと思っていました。

 

そんな時に見つけたのが「ワーキングホリデー」

これが何かというビザの種類で、カナダ、オーストラリアなどで学校で勉強をしたりアルバイトができるといったものです。期限は1年間。

早速、大阪の天満にあった日本ワーキングホリデー協会に訪問してみると、ワーキングホリデーに関する色々な情報が収集できるようになりました。

 

ワーキングホリデーの落とし穴「曖昧な目的」

よく注意されたのが、「目的を持つように」という事。ワーキングホリデーで働くのも学校で勉強する事も自由な為、「1年間ひたすら遊んで何も得るものが無く1年が過ぎてしまった」という方も多いようです。

私が掲げた目標は、とにかく英語を勉強する事でした。アルバイトしながら英語を勉強して、ワーホリ後は海外営業の仕事をする事が夢だったのです。

あとはもう一度ダンス頑張りたいな、という気持ちも少しありました。(高校、大学時代にハマッていたのですが、社会人になってなかなか練習する時間が持てずにいました。。)

 

2009年夏、オーストラリアへ出発

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サウスオーストラリア州のアデレードという街に住む事に決めました。このアデレードという街では、無料の英語教室が開催されている場所が多くあり、しばらくはこの「フリーイングリッシュクラス」に毎日通っていました。

教会や図書館でボランティアの方々が教えて下さっていたり、専門学校などでTESOLというコースを勉強している生徒さんの授業の練習台になったり。。とにかく、お金を払わずに授業を受ける事ができたのは驚きでした。

 

寿司屋さんでアルバイト開始!!

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無事シェアハウスも見つける事ができ、そのまま寿司屋さんのアルバイトを始めました。この寿司屋さんの名前はアデレードでは有名な「スシトレイン」。時給は1時間15ドルとなかなか良く、厳しい仕事でしたが無料の英語学校を通いながらアルバイトして、少し貯金をする事もできました。

 

ダンス活動も開始

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転機が訪れたのは、英語教室でダンスをしているという韓国人の友人と出会ったこと。彼とは親しくなり、皆で練習しているというダンススタジオに連れて行ってもらうと、そこではアデレード一のB Boyクルー「Freak Elites」と呼ばれるダンサー達と出会いました。

週2回くらい練習に参加するようになった私は、英語があまり話せないせいか最初はなかなか皆と馴染めませんでしたが。。。それでも真剣に練習している私を見て話し掛けてくれる優しい仲間がいたおかげで、徐々に友人が増えていきました。この頃から、ダンスバイト英語教室と割とスケジュールの詰まった生活ができるようになりました。

Part2とPart3の話はこちら。

オーストラリアへのローカルのレストランで働くには? オーストラリアへのワーホリ体験談 Part 3。ダンス仲間と過ごした青春の日々。

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